先週の金曜日、ユダヤの暦でニサンの一四日に、主イエス様はゴルゴダの丘に立てられた十字架の上で、悲惨な死をとげました。当時の宗教指導者たちは、イエスの死をもってこの宗教は終わり、やがてこの運動も人々の記憶から消え去るだろうと考えていました。ところが不思議なことに、キリスト教はすべてが終わったと思われたその時から、実は本当の出発をしたのです。それは、十字架にかけられ、殺されたイエスがよみがえったという出来事です。主イエスが死者の中からよみがえられた、これこそイエスが神の子であり、真の救い主であることの確かな証拠と受け止め、弟子たちは新たな勇気と希望に燃えて、復活の証人として伝道を始めたのです。
主イエスの復活について最も古い文献は、おそらくパウロのコリント人への第一の手紙(15・3~8)と言われています。パウロはその中で、「私が最もたいせつなこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、また、葬られたこと、また、聖書に従って三日目によみがえられたこと。」と記しています。
パウロが回心した紀元32〜33年頃には、復活の信仰はすでに教会の伝承となって、多くの人に信じられ、宣教の中心主題となっていたことがわかります。ここでは「死なれたこと」が、ただ惨(みじ)めな死で終わっていないのです。その死が私たちの罪のために死なれたこと、「葬られ」たこと、つまり、主イエスの死の確実性を示す言葉です。主イエス様は墓の冷たい空気に触れて蘇生した、息を吹き返してよみがえったというのではないのです。パウロはローマ人への手紙一章四節で「聖い御霊によれば、死者の中から復活により、大能によって公に神の子として示された方」と記しています。一度は主イエスを見捨てて逃げ去った弟子たちが、復活のイエスに出会って、それを契機に、主イエスは偽メシヤでも偽善者でもない、実に聖書に約束された神の子メシヤであることを「復活によって実証された」と固く受け止め、大胆に宣教に立ち上がったのです。
2012年4月8日